読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Weekendcycler

Cycling, taking photographs, and drinking a cup of tea on the weekend

自転車で吾妻磐梯スカイライン・浄土平を走ってきた

ロードバイク乗りなら一度は訪れてみたい自転車の聖地、浄土平。
自分がこの浄土平を知ったキッカケは、カメラと自転車の師匠でもあるspacewalker氏のブログ。
再びの福島`浄土平`へ。 | spacewalker.bicycle


このエントリの素晴らしい写真を目にしてからというもの、
いつの日か絶対に自転車で浄土平を走ってやる!と機会を伺っていた。
しかし週末の天気がいまいちだったり、今度こそいける!と思ったら被災箇所の復旧工事なんかが開始され、
その工事が終わったと思ったら今度は仕事が忙しくなり…となかなか行けない日々が続いていた。
そのせいか、いつの間にやら何と無しに福島の天気を確認する癖がついてしまった。


そんな仕事も佳境を過ぎ、金曜の夜。
今週末は晴れやかな気持ちで過ごせそうだな~と思い、いつものように福島の天気を確認すると、浄土平は12:00-18:00が晴れ。
それ以外の時間帯は曇りであることから、晴れとはいえ快晴は期待できないし、山の天気は変わりやすい。
ベストコンディションとは言えないだろう。


しかし、少しでも可能性があるなら懸けてみたい。
どちらにしろ週末は自転車を乗り回すつもりだったが、貯めに貯めた自転車乗りたい欲は近場を乗り回すだけでは到底解消できないように思えた。
ならば行くかと。
こういう選択に迫られた時、いつも頭に思い浮かべるのは「やった後悔より やらなかった後悔のほうが大きい」という、いつだったかのCMの言葉。
そんなわけで決意も固まり、その日は早めに就寝して明日に備えることにした。


翌日は東京駅8時半発の東北新幹線で福島駅へ。
ちょいと遅めだが、晴れるのは昼からなので問題はないだろう。


自転車の組み立てが終わったのは10:30くらい。
毎度のことながら輪行というのは本当に面倒くさい。というか嫌い。
だから普段のツーリングではなるべく輪行しないように敢えて全て自走したりするわけだが、
今回はさすがにそうもいかない。自走したら日が暮れてしまうというか、夜が明けてしまう。


大学の卒業旅行で行ったイタリアでは、マダムが自転車に乗ったまま駅のホームに入り、
そして自転車を担いで電車に乗っていた。
あれは20ウン年日本で暮らして電車に乗ってきた自分にとってはかなり衝撃的だったのを覚えている。
輪行のために自転車をバラす度にそれが日本でも実現すれば良いのに…と思うが、
その土地にはその土地のどうしようもない理由というものがある。


だから文句を言っても仕方がない。
自分に出来るのはいかにストレスなく輪行をこなすかだ。
最近はそれも随分慣れてきたようにも思える…


福島駅のモニュメントで一枚。
DSC08773
微妙に水平が取れていなかったので現像で修正…傾きを変えても違和感が消えない場合は被写体に正対できないことが多い。


師匠にも浄土平行ってきます!とメッセージを送ったところ、高湯温泉が最後の補給地点なので気をつけて!とのこと。
いつもながらのエクストリーム自転車旅行のため殆ど下調べもしていなかったこともあり、非常に助かる情報をいただけたと思う。


浄土平を走るだけではなく、その絶景を写真に収めることも旅の目的の一つなので一眼を持参した。
風景と言えば超広角ズームレンズが出番。
www.sony.jp
それに加えて、今回はPLフィルターも持っていく。
www.kenko-tokina.co.jp
PLフィルターは被写体の横方向からの反射を除去できるため、角度がバッチリ決まれば被写体が持っている本来の色を綺麗に出した写真を撮影できる。


今回のコースは往復60km少々と短いが、獲得標高は1600mと最近鈍っていた自分にはそこそこのキツさ。


一眼を入れるための大きめのリュックを背負っての登坂になるが、久しぶりに峠を攻めることとまだ見ぬ絶景との出会いへの高揚感からくる武者震いが止まらない。
この程度でへこたれるぐらいであれば、自分もまだまだである。


そうは言いつつも、漕ぎ始めると尻が痛み出す。いつもより重い荷物を背負っているのだから、こればっかりは仕方がない。
まずは最初のチェックポイントである高湯温泉を目指す。


適度に給水しながら進むが、やたらとボトルの水が甘い。
おかしい。ポカリをミネラルウォーターで割ったはずなのにヨーグルトみたいな味がする…もしかして腐ってた?
とか考えながら走っているうちの合点がいった。あれだ、ヨーグリーナだこれ。
コンビニでよく見もせずに買ったミネラルウォーターが実はヨーグルトフレーバーの水だったというオチ。
昔は味を付けたミネラルウォーターなんて全く売っていなかったが、最近はよく見かけるようになった。
普段飲む分にはいいが、スポーツのときは逆に喉が乾いて仕方がない。


そして高湯までの道のりはなかなかにキツい。
鈍っているとはいえ、全体重をかけて踏まないと自転車が進まない。
斜度はどれくらいなんだろうと思ってサイコンを観ると、そこには16%の表示が…そりゃキツいわ。


福島の洗礼を受けつつヒーコラ漕ぐと高湯温泉に到着。
f:id:weekendcycler:20160904204531j:plain
この時点で標高は775m、全体の半分くらいである。
ボトルの水は半分くらい残っていたが、これから先なにがあるかわからないので一応補充しておく。
今度こそ正真正銘のミネラルウォーター、口の中が甘ったるいだけに実に美味い。


そこからまたしばらく進んでいくと、霧が出始めた。
うーむ、これは晴れ無さそう?と思いながらもペダルを回す。


しばらく無心で漕ぎ続けると、いよいよ木が一切生えていない山肌にぶつかった。
DSC08782
所謂森林限界という、高木が生育できなくなる限界高度というやつである。
浄土平、というか磐梯吾妻スカイライン森林限界は標高は1400mくらいらしい。
この森林限界、峠によって標高はまちまちだったりする。
長野の渋峠は1800mくらいまで木が生い茂っていたと記憶している。
おそらく気候が大きく関係しているのだろう。


なんにせよ、この森林限界というのは自転車乗りとしての心を惹きつけてやまない。
ある一定の高度を境に風景が一変し、別世界となる瞬間は、そこまで懸命に脚を動かして登ってきた過程も含め、一度見たら忘れられないものなのだ。
立ち込める霧もその神秘さに一役買っている。


ここからは全てがシャッターチャンスになるため、一眼をたすきがけにしてペダルを漕ぐ。
レンズが膝にペチペチ当たるが、そんなものは知ったことか。
これまでにカメラを出すのが面倒だから…と出さずに逃してきたチャンスは少なくない。


そんな自分の気持ちに答えてくれたのか、徐々に霧が晴れ始めた。
ここからはもうシャッターチャンスの嵐である。

DSC08785

DSC08809 (2)

DSC08793

DSC08812

更に登ると緑豊かな湿原が広がっていた。所謂これが浄土平というものの正体で、その名の通り、”浄土”な”平”というわけ。

DSC08811

DSC08817

DSC08815

ここらへんは火山地帯ということもあり硫黄の臭い(有毒ガスによるもの)が酷く、停車したり窓を開けないようにと書かれた看板が立っている。
しかし生身でロードバイクに乗っている身としては、窓も何も無いわけだが…


レストハウスに到着。
DSC08821
今回はビンディングシューズのため登らないが、いずれ登ってみたい吾妻小富士。遠目にも沢山の人が登っているように見える。
DSC08824
看板の前で一枚撮っておく。
DSC08822
微妙にパーツが変わっていることに気づく人はいるだろうか。


昼食は会津若松の名物ソースカツ丼で。甘さとしょっぱさが沁みる。
f:id:weekendcycler:20160904205234j:plain
レストランはレストハウスの2階にあるので、自転車の安否が気になって仕方なかったという(笑)


レストランはから出てくるとあたりは霧に包まれてしまっていた。
先ほどの晴れ間はまさに間一髪というわけか…
これ以上いると危なくなりそうなので、引き返すことに。
20kmにも及ぶ恐怖の下りをなんとかこなし(実を言うと今までの下りで一番の危険を感じたのだが…)、福島駅へ戻った。


帰りの新幹線の中では、4年前に湯田中温泉から渋峠を超えた時のことを思い出していた。
あのときも霧の中きつい坂を登り、頂上に到達する直前で霧が晴れたのである。
そういったある意味こちらの予想を覆してくれるような出来事は、忘れられない経験になると思うし、
それこそ自分が自転車と旅を愛してやまない理由なのかもしれない。

京都に写真を撮りにった part4 (3日目)

3日目の朝食はキャンセルした。
朝食をゆっくり食べてから出たのでは、ブルーアワーに間に合わないだろうと思ったからだ。

ブルーアワーとは、日の出前に空が濃い青に染まる時間帯のこと。
光の減衰により、幻想的な風景を撮影することができることで知られている。

早く宿を出る理由はもう一つ、観光客を避けたいという思いもあった。
これについては説明は要らないだろう。

朝起きてから急いで準備し、京都駅へ向かう。
年末の朝5時台ということもありさすがに電車に乗る人は少ない
まずは烏丸線に乗り、四条駅で下車。
次いで四条烏丸駅から阪急に乗り換え、桂駅を経由して嵐山駅に向かう。


まさに今から向かおうとしている嵐山が、自分が京都で一番訪れたかった場所だった。
果たして満足のいく写真は撮れるのか?そんなことを阪急に揺られている間ずっと考えていた。


しかしそんな心配は嵐山駅に到着し、
電車を降りてふと後ろを振り返った瞬間、どこかに消えてしまった。

心が震える情景がそこにあった。

DSC02706

街灯が発するオレンジ色の光と、まだ完全に夜が明ける前の薄青い空。
そのコントラストがとても美しかった。


こんな光景を以前にもどこかで観たことがあると感じていた。
そうだ、かつて大学の卒業旅行で訪れたイタリアの夜だ。


日が暮れると共に、一つ、また一つと灯り始めるオレンジ色の街灯。
完全に日が暮れる前の深い青みがかった空。
だんだんと少なくなる人々の往来。
優しい光の溢れる広場とは逆に、暗く影を落とす路地。


旅行から帰ってきてからもずっと焦がれ続けていた非日常をまさか日本で味わうことになるとは思わなかった。
…いや、ちょっと違う。
きっと、行ったことの無い場所は全て外国なのだ。


そこには非日常が、きっと素晴らしい出会いが待っている。
そしてそれこそが旅の魅力だと。


そして、きっと今日は良い一日が始まる、そんな気がしていた。


はやる気持ちを抑えられなかったのか、嵐山駅を出たときは自然と早足になっていた。
向かう先は竹林の小径だ。
ずっと撮りたかったものがそこにある。


竹林に到着して撮影の準備を始める。
幸い、まだ誰も来ていないようだ。
心のなかで小さくガッツポーズをする。


完全に日が出ておらず、まだ竹林は薄暗い。
何枚かシャッターを切るも、どうもパッとしない。
DSC02723
時間帯を間違えてしまったか…


そう思ってしばらくぼーっとしていると、視界の隅に光がちらつき始めた。
DSC02709_2
真横から射す朝日に、ちょうど竹林の柵の先端だけが黄金に染まっていたのだ。
ただ薄暗い世界の中で、そこだけが黄金に染まっていた
DSC02713_2
その光景はとても美しかった。


そしてこれは良い写真が撮れたな、と思った。


ときに、良い写真とは何だろう?
自分が良いと思った写真?それとも他人が良いと思った写真?もしくはプロが撮る写真は良い写真?
色々な考えがあると思う。
確かにプロが撮った写真には惹きつけられるものがある。


じゃあ、そもそもプロとアマの違いとはなんだろう?
僕はそれを、偶然を引き寄せる技術、そして必然を限りなく偶然に近い必然に近づける技術と考えている。


プロの鉄道写真家である中井精也氏がポルトガルリスボンで撮影した写真に、
朝の通勤時間に道路を走る赤色の路面電車と、その手前を横切る赤色のコートを着た女性を捉えた写真があった。
路面電車の赤と女性の赤、2つの赤が際立ち、とても良い写真だと思った。


中井精也氏はこの写真を撮る上で、
路面電車が通る道であり、かつ大学前という人通りが多い場所を選び、
かつ通勤や通学で人通りがよりいっそう多くなる時間帯である朝を選んだ。
そうしてたまたま電車が通った時にちょうど赤色のコートを着た女性が目の前を通り、すかさずシャッターを切ったとおうわけだ。

この例で言うと、「面白いことが起こりそう、良い写真が撮れそう」という考えで様々な要素を詰めていくと、
実際に良い写真を撮影できる確率が高くなるということになる。


それはまさに偶然を引き寄せる技術と言えるのではないだろうか。


この技術を身に付けるには、ファインダーを通して見ていただけではダメだろう。
普段から自分の五感を駆使して色々なものと出会う、そしてその経験を積み上げていくことによって初めてそういった瞬間に出会えるようになるのではないだろうか。


自分はまだその域には到底たどり着けそうにない。
しかしそんな自分にも、この京都の嵐山で見たいくつかの情景のように心が震える瞬間というのはあるものだ。
それは経験を重ねたプロにとっても同じで、思いがけない瞬間というのはきっとあるのだと思う。
そしてそういう瞬間に味わう得体の知れない感動をもう一度味わいたくて、引き寄せたくて、写真を撮り続けるのではないだろうか。


だから今日もカメラを持って外に出ようと思う。
そしてまだ旅に出ようと思う。
ただただその瞬間に出会うためだけに。

京都に写真を撮りにった part3 (2日目)

2日目最初の目的地は源光庵。
源光庵には「悟りの窓」「迷いの窓」という丸窓と角窓がある。
某M氏ブログに掲載されていたその写真の静謐な雰囲気に惹かれ、京都に来たら是非とも行ってみたいと思っていた。

f:id:weekendcycler:20160424170236p:plain
源光庵までは電車とバスを乗り継いでいくことが出来る。
今回の旅行にしては珍しくバスでぎりぎりのところまで行けるスポットだ。

なんとなく今日はスムーズに行けそう…そう思ってバスに乗っていたが、
到着時間を過ぎても目的の鷹峯源光庵前に到着しない。
そして車内に流れるアナウンス「次は終点○○です」


は?


アナウンスからここが鷹峯源光庵前でないことは確かだが、終点なので降りるしかない。
そして地図を確認すると…や…やっちまった…乗るバスを完全に間違えた\(^o^)/
同じバス停から出るバスの行き先が全て同じとは限らない…


方向は間違っていないが目的地より5kmほど離れた場所に来てしまっていた。
とりあえず歩き始めたものの、5kmというと歩いて1時間はかかる。


1時間のロスは大きいので、ここはタクシーを使っていくことに決めた。
そんなことを考えているとタイミングよくタクシーが目の前を通ったので、思わず手を上げる。
行き先を告げると、カメラを持っていることに気付いたドライバーのおじさんに「お客さん、写真ですか?」と尋ねられる。
「ええ、そうなんですよ~」と答えて、雑談開始。


小耳には挟んでいたが、源光庵は紅葉で有名なお寺。
前述した「悟りの窓」と「迷いの窓」が切り取る紅葉シーズンの庭園がなんとも美しく、
ハイシーズンはそれを撮りたくてしょうがないカメラマンで賑わうそうだ。
ちょうど今の時期(年末)は紅葉もずっかり散ってしまい、庭園の木々も枝だけになってしまうため訪れる人の数も少ない。


うん、まぁ…そうだろうな…なんとなくわかってはいたが…
ていうか行く前からそんなことを聞いてしまうとなんとも萎えてくるが…
ここはハイシーズンに備えて撮り方を模索するのにうってつけだというプラス思考で行くっきゃ無い!



10分くらい揺られていると源光庵に到着した。
DSC02340

石で出来た道を進んでいく。ふと、道にはめられた石の大きさが全て同じくらいなことに気付く。
DSC02347
切り出したとしたら切断面は綺麗になるはずだから、同じ大きさの石を探してきている?それとも長い年月をかけて削れていったのか…それは考えにくいな。

DSC02366

DSC02406
丸窓が「悟りの窓」、角窓が「迷いの窓」。

悟りの窓は円型に「禅と円通」の心を表し、円は大宇宙を表現する。迷いの窓は角型に「人間の生涯」を象徴し、生老病死の四苦八苦を表している。

とのこと。

って、何のことを言っているのかさっぱりわからないが、
そもそも円通とは、

《「周円融通」の略》仏語。智慧によって悟られた絶対の真理は、あまねくゆきわたり、その作用は自在であること。また、真理を悟る智慧の実践。

早い話がオールマイティ(適当)だ。
なぜ「円」なのか?と考えると、自在だとか宇宙なんてものを角型で表現しようとすると、どうも何かが制限されているような印象を受けるし、
「あまねくゆきわたる」とも思えない。
ならば、確かに円が相応しいというのはわからないでもない。


そして「悟り」と「迷い」はある意味対比のように思える。
「悟り」がなければ「迷い」があり、逆に「悟り」あるとき「迷い」はない。
人の心理状態は日々「悟り」と「迷い」を行ったり来たりしているのではないだろうか。
そうであれば、敢えて窓を2つ設けた理由もなんとなくわかるような…その日の気分で座る位置を決めるとか。
当時の人々はこの窓から外を見て何を考えていたのだろう。


源光庵を出た後は近くの光悦寺で入口だけ撮影。
DSC02424
秋は両脇の木々が赤く染まってそれはもう美しいそうだ。またそのうち来よう。


次は大徳寺に向かった。
f:id:weekendcycler:20160425225355p:plain
大徳寺と言っても、正確には大徳寺の境内にあるいくつかの小寺に興味があった。
地図を見てもわかるように、境内に多くの小寺を内包している。
このような本寺の境内にある小寺のことを塔頭(たっちゅう)というらしい。読めんわ。「とうとう」じゃないんかい。


まずは塔頭のひとつである龍源院へ。ここの見どころは枯山水庭園。
以前のエントリでも説明したが、枯山水は水を使わずに山水の風景を表現した庭園のこと。


これは龍源院の縁側に囲まれるような形で佇む”東滴壺”という作品。
DSC02597
DSC02627
敷き詰められた白砂の上に5つの石(手前に3つ、奥に2つ)が置かれている。
枯山水によくある敷き詰められた石は、多くの場合”水面”を意味するらしい。
となると、置かれた石たちは水面、もっと言うと大海に浮かぶ島々にも見える。
そう考えると、高々2,3畳の広さのこの東滴壺がとても壮大なものに見えてくる。
なんとも不思議なものである。箱庭に宇宙とはこのことか。


こちらの広々としたな枯山水庭園は一枝坦と言う。
手前の苔に刺さった岩が亀島、奥真ん中の岩が蓬莱、右奥の岩が鶴島を、敷き詰められた砂はやはり大海を表している。
DSC02587

このセット(蓬莱+亀島+鶴島)は、日本庭園ではよく見かけるものだそうだ。
蓬莱は不老不死の仙人が住む山と言われ、亀島と鶴島は長寿の象徴である亀と鶴を象った島。
この3つを並べておくことは縁起がいい、ということらしい。


お次はこれまでとは打って変わって、苔が一面敷き詰められた龍吟庭。
DSC02602
そのダイナミックさに惹かれてか、多くの観光客の目を引いていた。
DSC02614
これまで紹介してきた庭園では敷き詰められた石が大海を表していたように、この龍吟庭では苔がその役割を担っている。
そして中央の高い岩は須弥山(しゅみせん)という山を表す。

古代インドの世界観の中で中心にそびえる聖なる山であり、この世界軸としての聖山はバラモン教仏教ジャイナ教ヒンドゥー教にも共有されている。(Wikipediaより)

先ほどの蓬莱山もそうだったが、どちらの庭園もメインのモチーフとなっている山は「仙人が住む」「聖なる山」といった人智を超えた自然物である。
そういったある種神秘的で想像のつかないものを表現することに枯山水はとてもよく合っているのではないかと。
水が存在せず、岩や砂、木や苔のみで表現された風景はシンプルながら自然そのものが持つ確かな存在感を放ち、そしてシンプルだからこそ見る人はそこに様々な想像を上乗せ出来る。
あるいは作者としては、俺が表現したいものは想像上のものだから、これ観て自由に想像してくれ…みたいな想像の余地を残したものなのかも?(もちろんそれだけじゃなく、作者自身が描く蓬莱山や須弥山もあるんだろうけど)
ともかく、色々な想像が出来て面白い。


次は同じく大徳寺の塔頭である高桐院に訪れた。大徳寺の塔頭巡りは高桐院でラスト。
DSC02577
こちらが門を潜ったすぐ先にある苔の参道。
初夏は新緑に包まれる緑の回廊に、秋は紅葉が落ちて真っ赤に染まるそうだ。
しかし時期が12月末という中途半端な時期のため、道の両脇の植えられた木の葉は全てなくなっておりちょいと物足りない。
今回の旅行はこんなんばっかだな…とはいえ、観光客が少なくゆっくり出来るのも事実。


廊下と中庭。
DSC02511
DSC02519


本堂脇から庭園へ降りると、苔生した墓碑や灯籠が散見された。
DSC02565
DSC02564
今回の旅ではベンチ入り状態だったFE 55mm F1.8 ZAに付け替えて撮影。撮影者である自分のフレーミング能力が無いせいもあり、どうにも持て余している55mmのfast lensだ。
たまに使うとその綺麗さにびっくりする。


高桐院の見どころの楓の庭。
DSC02544
本堂の前庭となっており、一面の苔の上に数本の楓と、中央に灯籠が配置されている。
例によって季節的な問題から楓の葉は全て落ちてしまっている。
すこしわかりにくいが、灯籠の周りの細い枝の木が楓である。
DSC02541

秋になると赤く染まった楓の葉が苔の上に落ち、それはもう美しい光景になるらしい…らしい…くそ…こんなんばっかだぞ今回の京都!
そのうち絶対に秋に写真撮りに来る。例えそこが戦場であってもだ。チャンスはあと50回くらいあるはず。
そんな想いを胸に高桐院を後にした。


時計を観ると13時を回っていた。昼食にはちょうどいい時間…というかむしろ遅いぐらいだ。
今日も今日とて歩きまわっているのでかなり腹が減っている。
こんな状態でまた30分ぐらい歩かなければならない…
というのも、実は今日は自分にしては珍しく食事処が決まっていたからだ。
「町家紅茶館 卯晴」という紅茶の店である。


何故紅茶かというと、ちょうど一年半ほど前ぐらいから好んで飲むようになったことに起因する。
DSC07353
自分は珈琲を飲むと胃の調子がおかしくなる(挽きたての珈琲ほど腹に来る)体質だったので、
勉強するときの眠気覚ましなんかにはよく親がストックしていたティーバックの紅茶を適当に選んで飲んでいた。
そして社会人になって紅茶好きの同期に出会い、やれダージリンは紅茶のシャンパンだ、
フレーバードティーはハズレが多い、温度は云々かんぬん等々彼から色々な話を聞いているうちに、
自分はいつも飲んでいる紅茶に関して何も知らないことに気付いた。


そして試しに茶葉を買ってみて、自分で淹れて飲んでみたのが始まりだった。
おそらく自分で淹れたというプラシーボ効果もあったと思うが、予想以上に美味しかったのを覚えている。
気付けば意識して色んな茶葉を買って飲んだり、紅茶の専門店(所謂ティールームという紅茶を淹れて出す専門店)なんかにも足を運ぶようになっていた。
DSC07371_2
DSC01229
色々飲んでみて、紅茶は茶葉や産地の種類、淹れ方に至るまで思った以上に味の違いがあることに気付く。
だからこそ美味しい!と思える一杯を探し当てることが出来たときの喜びはなかなかのものである。


…話が長くなってしまった。
要は、せっかく京都に来たのだから、京都の美味しい紅茶の店に行くしかないと思ったわけ。
先程も言ったように大徳寺から「町家紅茶館 卯晴」までは徒歩で向かう。
f:id:weekendcycler:20160523222451p:plain


3km弱、30分程度歩く。
見慣れた日本の住宅立ち並んだ路地の奥に「町家紅茶館 卯晴」は建っていた。
DSC02649
「町家紅茶館」の名の通り、昔からある町家を改修したティールームだ。
あじき路地の時も感じたが、京町家は窓が小さく、中の様子が窺い知ることが難しい。
そんなせいもあり、周りの住宅と比べると一際異彩を放っているように見える。

風合いのある木目の壁に、さりげないカラフルな看板が目を引く。
DSC02647
得体のしれない京町家にファンシーな看板と、何やら楽しそうな雰囲気、というか秘密基地感がすごい。


わくわくしながら中に入ると屋根裏部屋に案内された。
そう、屋根裏部屋である。屋根裏部屋なのだ。大事なことなので3回言いました。


屋根裏部屋の広さはかろうじて10人座れるかといったところだろうか。
アンティーク調の家具や、カラフルな雑貨が並ぶ。
木製の本棚には紅茶の本から絵本まで、知的好奇心をくすぐるような本がたくさん並んでいた。
屋根裏部屋には夢が詰まっている、まさにそれを体現したかのような空間だ。
こんな場所で飲む紅茶はどんな味がするだろう。


14時という昼食時でもおやつ時でもない微妙な時間帯ということもあり、客は自分を含めて3組しかいない。
若い女性2人組のグループは一言も会話せず手にとった本に集中し、カップルは世間話に花を咲かせていた。
そんなゆっくりと時間が流れるような素敵な空間に、突如出現するゴツいカメラバッグを持ったシャッター音を響かせる男。どう考えても場違いである。
(※店内撮影の許可は取っております)


窓から僅かに入る光で、屋根裏部屋はとても自然な明るさだ。
DSC02641


一通りあたりを見回し、そろそろ注文するか~とメニューを手にとってパラパラめくっていると、このページで手が止まった。
DSC02640
一日一食限定、不思議の国のアリスをモチーフにした茶器を使ったティーセット。
不思議の国のアリスと言えば、イギリス生まれの有名な児童小説…ということくらいは自分も知っていたが、
如何せん読んだことがなかったので内容を全く知らなかった。
なので、この可愛くまとまった茶器と、イギリスといえば紅茶!というイメージから、
アリスの作中に「お茶会」が出てくるとすれば、それはもう可愛くて優雅で洗練されたものだろうし、
世の不思議な国のアリスファンはそんな素敵な気分に浸りながらこのティーセットを楽しむのだろうなぁ…
と思っていたのだが、後で不思議の国のアリスを読んでみると、作中ではそんな考えとは百八十度違う、
とんでもないお茶会が繰り広げられていることを知った。


その名も、"A Mad Tea-Party"(気違いのお茶会)である。
不思議の国のアリス」の主人公であるアリスは不思議の国に迷い込み、そこで文字通り様々な不思議に出会う。
「気違いのお茶会」もその一つで、女王様の怒りを買い、「時間殺し」の罰を受けて6時をずっと指したままになった時計を持った帽子屋と、
三月うさぎ(三月は発情期なので一番気が狂っている)、そしてヤマネの1人と2匹が毎日延々とお茶会をやっている(6時はアフタヌーンティーの時間)ところにアリスが来る、というストーリー。
アリスに対して、席は沢山あるのに「席はないよ」と言ったり、「ワインはいかが?」とそこには存在しないものを勧めたり、
答えのないなぞなぞを出したりと、とにかく言っていることが支離滅裂、故に「気違い」というわけだ。


「気違いのお茶会」に限らず、「不思議の国のアリス」に出てくるキャラクターはどれも個性的というかどこかヘンテコでおかしく、
読んでいるだんだんと頭が痛くなってきて、一体これどうやって収拾つけるの…?と思って読み進めていると、なるほどそういうことね!という終わり方をする。
そのラストがこれまでのごちゃごちゃを洗い流すように綺麗にまとまっており、読後はとてもすっきりした気持ちになった。
気になって色々な考察を読んでいると、作者が意図したのかどうかはわからないが、
作中の支離滅裂な言動や気違いにも込められた意味があるということがわかった。
その多くは当時の社会風刺のようであり、作品の綺麗な結末と合わせると「大人になっても子供でいたときの純粋さを忘れないほしい」というメッセージを感じた。


結局のところ、小恥ずかしくて「アリスのお茶会セット」は注文しなかった(そもそも売り切れだろうけど)のだけど、
今度来たときは是非とも注文して純粋な気持ちで楽しみたいと思った。
あと屋根裏部屋にアリスという組み合わせは卑怯。


さて、どうもブログを書いていると何でもかんでも書きたくなって話が脱線してしまうが…
代わりに注文したのはビーフシチューのセット。紅茶館だがしっかりとしたランチもやっている。
DSC02637
そして美味い。歩き疲れた身体に濃厚なビーフシチューがしみる。ご飯が進む進む。
付け合わせのサラダの葉っぱ(名称不明)は実にみずみずしく、そしてシャキシャキで気持ちが良い。あっこれいい素材使ってる!って感じ。
あっという間に平らげてしまった。


食後にはお待ちかねのアフターヌーンティセットを。
DSC02645
スタンドに載ったお菓子と、ポットに入った紅茶のセット。
スタンドとポットは両方ともガラス製で、かつ気取り過ぎないファンシーなデザインでまとめられている。
円型の台座に規則的に規則的に並べられたお菓子たちは、それぞれ形や大きさがてんでバラバラで自己主張が強く、楽しい。
そしてスタンドの下に敷かれたマットやトレーも全部ひっくるめて店のカラフルな雰囲気と実にマッチしていて可愛らしい。


もちろん紅茶は好きな茶葉を選ぶことができる。屋根裏部屋には茶葉の入った小瓶が置いてあるので、オーダー前にそこで香りを試すことが可能。
今回はダージリンを注文した。といっても、いつも自分はダージリンを注文するのだけど。
ダージリンは紅茶のシャンパンと言われる茶葉で、マスカットのような香り(マスカテルフレーバー)が特徴。
このマスカテルフレーバーが強いものが上質とされており、特に夏に摘まれる葉(セカンドフラッシュ)が最も香りが強く高級品とされている。
この香りを口の中に広げながら甘いものを食べるのが好きで、紅茶の店に行ったときはだいたいいつもダージリンを注文する。


ガラス台のお菓子を手に取り、少しだけかじって味わう。
そして、口の中の甘味がなくならないうちに紅茶を口に含み、お菓子を溶かすように馴染ませる。
このとき、暖かな香りと共に甘さが口の中に広がっていく幸福感が堪らない。
所謂至福の時というやつである。
しかしそんな至福の時も長くは続かず。また一つ、一つとお菓子はなくなっていき、終いには何も乗ってないガラスの台のみが残された。
その虚しさは平日会社の昼休みの終了時刻が刻一刻と迫るあの感覚に似ている…


余韻に後をひかれつつも卯晴を出て、次に向かったのはMissliM Tea Place(ミスリム)というこれまた紅茶専門店。
いつものようにGoogle Mapにおまかせで最短ルートをひくと、京都御苑を貫くルートになった。
f:id:weekendcycler:20160526234251p:plain


京都御苑を通る頃には15:30を過ぎていた。12月末なので日が傾くのも早く、斜光が木々に長い影を作る。
DSC02654
ところでこの京都御苑、めちゃくちゃ広い上に一面に砂利が敷き詰められておりとてつもなく歩きにくい。
スニーカーで来るところではなかったのでは…?外側回ったほうが良かったかな…


そんな京都御苑をなんとか抜け、トータルで30分少々歩いてミスリムに到着。
DSC02657
白塗りの壁と不揃いの長方形の窓からはモダンな雰囲気を感じる。
ネットで京都の美味しい紅茶の店を探していたときに真っ先に出てきたのがミスリムだった。
ミスリムならとにかく美味しい紅茶が飲めるというクチコミ、そしてマスター自身の「紅茶を美味しくいれることには自信がある」という言葉(どこかのブログに書かれていたもので、本人が実際に仰ったかどうかは不明)に強く惹かれた。
普段自分が適当に淹れている紅茶とプロが淹れた紅茶は一体全体どれぐらい違うのか?それが気になって気になってもう行くしかないと思ったのだ。


おそるおそる店内に入ってみると、そこには白と紺の規則的なアーガイル模様が敷き詰められた床と、
外の壁と同じく真っ白な内装、そして濃い茶色の調度品が並べられていた。
店内でかかっている音楽は入口付近に置かれたレコードプレーヤーによるもの。
壁の棚にはレコードが沢山並んでいた。


そんな空間に目を惹かれつつ、「一人です」と告げると1階のカウンターに案内された。
建物は2階建てで、2階はちょうど1階を見下ろせる吹き抜けの構造になっている。
上から談笑する声が聴こえきたので、2階にも何組かいるのだろう。
1階の席数は少なく、フロアの広さもそこまでではないが、この吹き抜けのおかげで部屋の広さ以上のゆとりと開放感がある。
前述のとおり席数が少ないので一度に入れる人数も多くなく静かであり、実に居心地のいい空間だ。


ちなみにミスリムの中では一切写真を撮っていない。なんとなく写真を撮るのは無粋かな…と。
なので、内装について気になる方はこちらのブログを参照してほしい。
d.hatena.ne.jp
自分が案内されたのが1階ということもあり、2階からの景色を見れなかったのだけれど、
2階から1階を俯瞰したときの、焦茶色の柱によって切り取られたアーガイル模様の床や家具の並びは綺麗だ。
この柱の格子はまるでフォトフレームのようだなと思う。


さて、例によって注文はダージリン・セカンドフラッシュ
前述した、マスカテルフレーバーが最も色濃く出る夏摘みのダージリンだ。
カウンター越しにマスターの作業を見つつ、紅茶が出てくるのを待つ。


待っている間にも、自分より先に注文をしたお客さんのところに紅茶が運ばれていく。
そしてその度マスターがレコードプレーヤーのレコードを入れ替え、
流れ出す音楽が店内の雰囲気をガラッと変えていく。
お客さんの雰囲気や淹れた紅茶に合わせて曲を選んでいるのだろうか?
何にせよ心ゆくまで紅茶を楽しんで欲しいというマスターの心遣いやこだわりが感じられる。


10分くらい待ったところで窓際の席が一つ空いたので、移らせてもらえることになった。
それから目を閉じて待つこと20分(結構疲れていた)、ついにねんがんのダージリン・セカンドフラッシュと対面だ。
紅茶が到着した直後に席のちょうど真上の電気が点けられた。
自分が目を閉じていたのを察していたマスターの粋な計らいだろうか?


注文してから紅茶が出てくるまでにトータルで30分以上かかっている。
いくらなんでも時間がかかりすぎでは?と思うかもしれない。
自分が家で紅茶を入れるときは、まず電気ケトルで湯を沸かし、それをポットに注いで3分待つ…という手順なので、10分もかからない。
しかしその時間こそが「時間をかけてでも美味しい紅茶を味わって欲しい」というミスリムのこだわりなのかもしれない。
そして「待ち」によって生まれた「空腹は最大のスパイス」の効果により、身も心もも紅茶を味わう準備は万端というわけだ。


さて、肝心の味はどうだったのかというと…
冗談抜きで今まで飲んだ紅茶の中で一番美味しかった。
ティーカップに入れられた紅茶を口に含んだときの、口の中いっぱいに広がる香りは、
今まで感じたことのないような芳醇さだった。


本当に驚いた。淹れ方次第でここまで変わるのかと。
というのも、自分もミスリムで淹れられているダージリン・セカンドフラッシュと同程度の価格の茶葉を別のお店で購入し、
(ミスリム店内で淹れられる茶葉は購入することが可能であり、メニューで茶葉の値段を確認できる)
自宅でしばらく飲んでいたのだが、それよりも遥かに美味しかったからだ。
最も、電気ケトルで適当に沸かして時間も適当に計って淹れたものだったのだけど…
とにもかくにもミスリムで飲んだ紅茶の味は衝撃的で、この京都の旅の最も忘れられない出来事の一つになったと思っている。
京都に住んでいる人が本当にうらましい…


満足感に後をひかれつつも、ミスリムを後にして次の目的地へ向かう。
次の目的地は1日目にも訪れた花見小路通だ。
f:id:weekendcycler:20160531234105p:plain
1日目のブログを更新したのが数ヶ月前だったので覚えている人はいないと思うのだが、
そこで一つやり残したことがあったのだ。
それは数あるライカ(ドイツのカメラメーカー)のショップの中で「世界で最も美しい」と言われる「ライカ京都店」の撮影だ。

1日目に訪れたときはちょうど定休日であり、明かりの灯ってない店舗を外から観るだけという虚しいことをしただけだったが、今日は違う。
ネットの情報から営業中であることは確認済みだ。


現地に到着して営業中であることを確認。早速撮影に取り掛かる。煌々と灯るライカの文字。
DSC02692

このブログにて外観を紹介するのは初めてだと思う。先ほど紹介した「町家紅茶館 卯晴」と同様に、古くからある京町家を改装したその店舗はとても美しい。
DSC02693
DSC02663

年末ということもあり、観光客だけでなく買い物客などで混雑する花見小路の人通り・車通りは多く、シャッターを長く開けているとどうしてもその残滓が残ってしまう。
DSC02668
そんな状況ではさすがに道路の真ん中に三脚を立てることは出来ず、かと言って反対側の路肩に立てることもできず(ライカ京都店とは反対側の路肩には別のお店が存在)
なかなか難易度の高いロケーションとなっていた(一体M氏はどうやってあんな綺麗な写真を撮ったのだろう…)。


そんなことを考えながらなるべく邪魔にならなさそうな道路の隅っこで構図を作っていると、怒声が聞こえた。
どうやら車に傷をつけたとかつけてないとかで揉めているらしい。
しかも運の悪いことに外国人観光客が日本人の車に何かをした、という状況のようだ。
まず外国人が何かをして、それに対して何の謝りもしなかったので、日本人が怒っている、そう捉えられた。
しかしお互いに全く言葉が通じず(英語圏じゃないみたい)、文化も違うのでやり取りが一向に進まない。
おそらく外国人も何故自分がいちゃもんをつけられているかわからないといったような塩梅だ。
日本人があまりにもしつこいので、挙句の果てに外国人が手を出してしまい、更にヒートアップ。
狭い小路に車がずっと停車しているので、後ろにどんどん車がたまってきている。
結局警察が出動し収拾をつけるという事態になっていた。
異文化コミュニケーションって大変だな…


ライカの前も立ち往生する車で完全に塞がれてしまい、こんな状況では全く写真が撮れない…やれやれまいったなということで、
外から撮影しているだけだったライカ京都店の店内を覗いてみることにした。
室内は和のテイストを散りばめつつ、ガラス張りのショーケースが並ぶ落ち着いた空間になっている。
さすがライカ、どれもお高い。しかしいつかは手にしてみたいと思わせる圧倒的な存在感。


2階では定期的に著名な撮影家の個展をやっているらしく、自分が行った時はちょうど日本のセイケトミオ氏がヴェネツィアに赴いた際に撮影したモノクロ写真がいくつも展示されていた。
ベンチに座り、飾られている情緒あふれる写真を眺めながらかつて自分がヴェネツィアに行ったときのことを考えていた。
ヴェネツィアに旅行にいったのは今からちょうど3年前の大学の卒業旅行だった。
その頃はまだカメラを始めたばかりで、ちょいと高めのコンデジを携帯し、師匠のアドバイスを元に思うがままにシャッターを切っていた。
DSC01596
自分にとってカメラを持って旅行の楽しさに目覚めた旅だったと思う。
あの頃は構図や露出なんてあまり考えずに撮っていたわけだけど、色々な撮り方を知った今、ヴェネツィアに行ったら一体どんな写真が撮れるだろう?とか考える。


そんなことをして時間を潰していると外が静かになってきた。
そろそろ良いかな?と思って外に出ると人も車も大分少なくなっていた。
今がチャンス!とすぐに撮影の準備をして、シャッターを切る。
DSC02687_43

16-35mmF4だとシャッタースピードを長くしなければならず、ゴーストが写ってしまうということで、55mmF18に変更して短期決戦。
画角は狭いものの、そこそこ綺麗に撮れたか…?


ひとまずこれで満足したことにして(というか、かれこれ2時間くらい外にいるので寒さを我慢できなくなってきて)、帰路についた。
今日も今日とて疲れ果て、夕飯はコンビニ飯()で。
そして帰り際に京都タワーを一枚。
DSC02697
1日目の夜に撮った京都タワーの写真はどうも味気なかったので、手前にイルミネーションを入れ、ぼかし気味に撮影。
こうすると電飾一つ一つが光の玉にみたいになる。
理想としてはもう少し大きい玉になって欲しかったが…これはこれでいいか。


さて、最終日である3日目は今回の旅の最大の目的である嵐山に向かう。
嵐山といえば竹林で有名な京都の有名な観光スポットだ。
早朝に行かなければ間違いなく自分が撮りたい写真は撮れないと思っていたので、その日は写真の編集やSNSへの投稿もそこそこに、早めに布団に入ることにした。
願わくば後悔なく旅を締めくくることを祈って。


part4に続く。「待て、しかして希望せよ!」

スニーカーを修理に出してみた

靴集めが趣味というわけでは全くないのだが、靴はそれなりに気に入ったものを選んで履いてきた。
特に華奢で細身なタイプが好きで、浪人だった予備校生~社会人一年目まではずっとAdmiralというメーカーのスニーカーを履いていた。
www.admiralfootwear.com
Admiralは値段の割にはデザインが小奇麗にまとまっており、ごちゃごちゃしていないシンプルさにちょっとした主張が入っているところが自分の好みにピッタリだった。
…ただある一点を除いては。


そう、脆すぎるのだ。


特にWATFORDというシリーズが好きだったのだが、これが特に弱い。
華奢スニーカーの宿命なのか、買って三ヶ月もしないうちに底がベロンと剥がれ、アッパーとソールは分離し、つま先の皮はボロボロに…
そもそも一足目のWATFORDを履いていた時はメンテナンスを全くしていなかったり、思いっきり走ったり、踵の削れを気にしなかったり、雨の日も履いたりとそもそも履き方がまずかったというのもあるが、
二足目を買って細心の注意を払って履いていても三ヶ月でダメになるのが半年に伸びたくらいだったので、これはもうダメだと。。
いくら気に入った靴でも、常に細心の注意を払わないと履けないのではちょっと…

そもそも同じ靴を履きすぎだという問題もある。
靴集めが趣味かどうかに限らず、靴というものは何足か所持して適材適所で履き替えることで各々の劣化を防ぐ、というのが本来の運用方法だろう。
雨の日はゴム製のレインブーツや防水または撥水スプレーをかけた革靴を履くべきだろうし、
写真を撮りに行くときは長く歩くことや足場の悪さを想定して運動靴や登山靴を履いたほうが疲れずにすむ。

それはそうするとしても、単に遊びに出かけるときのための靴として、もう少し丈夫なもの欲しい…ということで、8年間履いてきたAdmiralから文字通り?足を洗い、新しいメーカーに手を出すことにした。
そこで目をつけたのがSPINGLE MOVE(以下スピングル)である。
spingle.jp
スニーカー好きの人にはおそらく有名なメーカー。
アッパーまで巻き上げられたソールが目を引く、広島発のメイド・イン・ジャパン・シューズだ。


この特徴的な形状は「バルカナイズ製法」という製法で作られているらしい。
ゴム底と靴本体を接着し、硫黄を加えた釜で熱と圧力をかけることによって、ソールとアッパーの結び付きを強くすることができるそう。
他にどんな製法があるのかわからないが、おそらく単に縫い合わせているか、一体型(そんなのあるのかな?)だろう。
バルカナイズのような所謂熱で「はじけてまざれっ!!」な製法は、単に縫い合わせる方法よりも強度を保てそうだし、写真を見た感じだとちょっとやそっとじゃ剥がれないように見える。
以前履いていたAdmiralはアッパーとソールが剥がれるところから崩壊が始まっていたので、両者の結びつきが強くなるのは心強い話である。


そして結びつきだけではなく、巻き上げられたソールも見た目かなり厚く、耐久性やグリップ力に期待できそうだ。
デザインに関しても、すっきりとしたアッパーに、目を引くソールという、まさに”シンプル+ちょっとした主張”を兼ね備えた形であり、自分の理想に合っている。


そんなこんなで選んだのがこの一足。
DSC00224
アッパーにカンガルーレザーを採用していて面白そうだなと思ったのと、当時ネイビーにハマっていたのが選出理由。
カンガルーレザーは軽く・柔らかくよく伸びる・タフと三拍子揃った皮らしく(本当にそんな調子のいい皮があるのか?)、
調べてみるとサッカースパイクの半数はカンガルー皮が利用されているらしい。


実際に履いてみると、まるで長いこと履いてきた靴のように足に馴染む。
そしてソールのグリップがめちゃめちゃ効いてものすごく歩きやすい。
足を地面についた時のブレがこれまで履いていた靴よりもかなり少ない。
これはもしやと思い試しに走ってみると、驚くほど走りやすい(華奢スニーカーではまずご法度だが)。
値は張るが、良い買い物をした。


…と、これが去年の2月。


そんな素晴らしい靴も1年履けばさすが劣化してくる。
気づいたらソールの踵部分が残念な状態になってしまっていた。ついでに言うと踵のライニングにも穴が空いた。
DSC07456
履いていないときはシューレースを入れる、雨の日は絶対に履かない、そしてバス!バス!バス!(靴を引き摺る音)とならないように注意を払い、なるべく垂直に足を地面につけるように歩いていたはずなのにこれである。
とはいえ1年も保ってくれたのだから、これまで履いていた靴とは雲泥の差である。


ちなみにアッパーは全くの無傷。
DSC03273
(左は試着中の自転車用シューズ、右がスニーカー。つま先あたり汚れているのはメンテナンスをサボっているからであり、油分を補給した後は回復している)
加えて未だアッパーとソールが剥がれる気配が微塵もないのはさすがバルカナイズ製法といったところか。


これ以上履き続けると間違いなく踵のソールに穴が空いて…という残念な未来が見える。
お高いスニーカー、しかもアッパーは無事なのだから修理してなんとか履きたい…
幸いスピングルはメーカーの方で修理(補修)サービスを提供している。
spingle.jp
そもそもこんな特徴的なソールは他に無いので、公式で修理してくれないとどうしようもないというのはあるが。
ともかく、修理を出す先を悩まなくて良いし、公式サイトの写真から仕上がりもなんとなく予想がつくという点ではありがたい。
ちゃんとした補修サービスがあるというのもスピングルを選んだ理由の一つである。


というわけで、やっとタイトルの「スニーカーを修理に出してみた」の本題に入る。
会社帰りにスピングルの店に立ち寄り、靴の状態から見積もりを出してもらう。
修理内容は踵のソールとライニングの張り替えで、修理費は値段の1/3くらいで修理出来るとのこと。
これは値段にして以前履いていたスニーカーと同じくらいである。


そう考えると安いスニーカーを使い捨てしたほうがいいような気もするが、
そもそも自分が好きになるようなモデルは3ヶ月~半年でオシャカになっていたので修理に出した方が得である。
何よりも、まだまだ履ける靴を捨ててしまうのは悲しいし、とにかく良い靴で愛着も沸いているのでできるかぎり履き続けたい。
そういうわけで迷いもなく修理をお願いした。


それから一ヶ月が経過し、今月頭に修理が完了した靴が戻ってきた。

修理前の写真がないのでわかりにくいが、踵のライニングは綺麗に修理されている。ほぼほぼ購入時と遜色ないと思って問題ないだろう。
DSC07658
ライニングが削れて穴が空くのは靴の中で踵とライニングが擦れることが原因だろう。
サイズが合っていなかったり、しっかりと靴紐を締めずに緩い状態で履いてしまうと踵が動いてしまう。
これからは踵がずれないように気をつけていきたい。


ソールは継ぎ足しするように補修される。
DSC07657
DSC07653
継ぎ足したソールと元々の一枚ソールの継ぎ目が非常にわかりやすくなってしまっている。
これはもうなんというかしょうがないのだが、先ほど説明したバルカナイズ製法ではアッパーとソールを熱で(おそらく)固着させるので、
後からソールをまるごと外して交換することが難しいのだと思う。
したがって、補修では中途半端に削れたソールを削り、土台を作ってから継ぎ足すという方法しかないのだろう。
とはいえ、裏返さないとわからないレベルなので特に問題なし。


肝心の歩き心地はどうかというと、やはり購入当初のようにはいかない。
踵のみ補修したせいで、踵高になってしまい歩いた時に踵に少し違和感を感じる。
というのも、靴のソールというのものは履いていると全体的に削れていき、特に踵の削れが酷くなる、というのが通常の劣化だと思う(違う人いたら教えて欲しい)。
このとき踵だけではなくつま先~土踏まず手前までも少しながら削れるということを考えると、踵だけ補修すると踵高になってしまうというわけ。
ものすごく気になるというわけではないのでこちらも許容範囲か。


踵の方が削れやすいので、修理後の状態からちょっと削れたら調度良くなるのでは?とも思う。
それで次は全ソール張替えかな。


と、スニーカーの修理はプラマイ色々あるものの、良いスニーカーもしくは気に入ったものを長く履きたい、という人にはスピングルはぴったりなメーカーではないかと。

京都に写真を撮りにいった part2 (1日目)

翌朝、起きがけにひねった蛇口から出た水はとても冷たかった。
というか、冷たすぎて危うく声が出そうになったまである。
お陰で一気に目がさめた。

宿の食堂で朝食を済ませる。
そう、実はこのプラン朝食が付いている。それでいて京都駅から徒歩5分、3泊16000円は正直めちゃくちゃ安い。
23時の門限があるが、1人旅かつ体力勝負のカメラ修行なので、遅くまで外を出歩いたりすることもないため問題ない。
館内もちゃんと綺麗にされていて、ちゃんと乾くドライヤーが置いてあるのがポイント。
僕は毛が多いので、風量が多いドライヤーじゃないと乾かないのだ…


ちなみに朝食の内容はいたって普通だったが、ご飯が茶碗三杯分くらいあって、今日一日動き続けなければいけない身としては非常に助かった。
そして冷えた身体に湯豆腐と味噌汁が染みる。


支度をして外に出ると、芯から冷えるような寒さを感じた。
今年は暖冬ということで、最近になってやっと寒くなってきた感があるが、
京都は関東に比べると何割か増しで寒いような気がする。
京都イコール盆地イコール寒いという式によるプラシーボ効果である。


天気は晴れ。こうでなくては困る。
多少雲があるのが気がかり。予報は晴れ時々くもりということだが、夜までもってくれるだろうか…
DSC02121


さて、まずは円通寺に向かう。
まず烏丸線北山駅まで行ってから、徒歩。所要時間は約40分である。
f:id:weekendcycler:20151231223641p:plain
ちなみに電車とバスを乗り継いでいくルートもあるが、今回は徒歩も積極的に取り入れていくことにした。
理由は、最近自分の歩行力に衰えを感じ、鍛える必要があると感じたからである。
単に入院していたからというのもあるかもしれないが、1日歩くと足腰がめちゃくちゃ痛くなる。全く情けない話である。
何故こんなことになっているのかとよくよく考えてみると、普段はデスクでサブマリンスタイル(あの行儀の悪い、腰を沈める座り方)か、
自転車のサドルに座っているかどっちかである。つまり殆ど歩いてない。


え、自転車乗ってるはずなのになんでなん?と思うかもしれない。
確かに足の筋肉を酷使するスポーツではあるが、サドルに座っている分あれは腰から上を脚で支える必要が無い。
その分脚への負担は軽減されているといえるのだ。
ペダルだって四六時中回しているわけじゃないしね。


機材を入れたカメラリュックは4,5kgぐらいあるので、これを一日背負って歩き続ければなかなかのトレーニングになるはず。
というかそれぐらい出来ないとこの先やってられないですし…


旅館から地下鉄乗り場までのアクセスは容易だ。
20分弱電車に揺られて北山駅に到着、これから徒歩で円通寺に向かう。
歩いていると、割と規模の大きな雑貨屋やインテリア用品店が散見される。
しかもなかなか良い雰囲気だ。
DSC02177
DSC02179
こういった雑貨やインテリアには、元々そこまで興味がなかった。
しかし写真を始めるようになってから興味が強くなってきたように思える。
被写体そのものとしてというのもあるが、まず背景としての部屋がいい感じじゃないと雰囲気が出ないからだ。
しかし今日は予定が詰まっているので、ひとまずはスルー。
人が少ない時間帯に寺に到達するのが目的だ。


しばらく歩くと、道が軽く傾斜していた。
徒歩でいく!と決心したものの、坂を見るとどうしても自転車に乗りたくなってしまう…というか、めっちゃ傾いてないかこれ?
自転車で登ったら相当キツいはず…と思ってふと顔を上げると、そこには斜度25%の標識が…
DSC02135
超激坂ですやん。
なおさら自転車で登りたくなるも、今日は歩くために来てる!と言い聞かせて少しずつ登っていく。
ここまでの斜度になると自転車より歩くほうがまだ楽だ。


そうして少し下ると、円通寺の入り口が見えてきた。
拝観は10:00から、現在9:45なので良い時間だ。
駐車場を見やると既に車が一台。僕と同じ考えだろうか…
門前で写真を取りながら拝観時間を待つ。
DSC02144

そもそも何故この円通寺に来たのかというと、借景の枯山水庭を写真に納めるためである。
枯山水は水を使わずに山水の風景を表現した庭園のこと。
さて、借景は景を借りると書くが、そもそも何なのか。僕も今回の旅行を計画するまでは知らなかった。

しゃっけい
【借景】
遠くの山などのけしきを、その庭の一部であるかのように利用してあること。そういう造園法。 「叡山(えいざん)を―とした庭」

ということで、読んで字の如くである。
この借景という技法を用い、庭園に背景をとり込むことにより、通常限られたスペースだけの表現にとどまっていたものが、非常に奥行きのある表現に変わる。
つまり、庭園×背景=無限の可能性 ということ。


この円通寺枯山水庭は比叡山を借景として取り入れており、その雄大さが魅力の1つ。
国の名勝にも指定されているとか。


10:00になり開門、拝観料を支払い借景と対面する。
DSC02151
ちなみにこの庭園を撮影するまでには、拝観開始からちょっとだけ時間がかかっている。
というのも、庭園を一望できる部屋に入ると、まずは住職さんによるテープ?説明が始まる。
ちなみに説明を聞いている間は撮影は禁止。

ふんふんなるほど…と聞いていたのだが、この説明がやけに長い…時間にして15分くらいはあったのではないだろうか。
話が終わったのかと思ったら、一拍置いて次のネタがくる。フェイントかよ!
妙に芝居がかった語り口といい狙っているようにしか思えないぞこれェ…などと非常に失礼なことを考えていたのだが、この説明を受けたのは非常に良かったと思っている。
円通寺に来る前の僕は、さぁ撮ってやるぞ!と鼻息を荒げて(坂を登ってきたのもあるけど)おり、決して落ち着いているとはいえない状態だった。
そこで一旦腰を落ち着けて、円通寺とこの借景の歴史について学びつつ、庭園をゆっくりと見渡してどう撮っていくかを冷静に考える時間を持つことが出来たのはありがたいことである。

ちなみに、最初に部屋に入った時は雲で比叡山が隠れていたのだが、説明が終わると同時に雲が晴れて良いコンディションに。
住職さんGJ。


撮影を終え円通寺を出て、次の目的地である下鴨神社に向かう。
下鴨神社を目的地に入れた理由は、所謂聖地巡礼というやつである。
part1でも少し書いたが、森見智彦氏の『有頂天家族』という小説を知っているだろうか。

有頂天家族 (幻冬舎文庫)

有頂天家族 (幻冬舎文庫)

京都を舞台に、人間に化けて暮らすたぬきの家族がドタバタコメディを繰り広げるお話である。
単にコメディコメディしているだけではなく、シリアスあり、家族愛、兄弟愛あり笑えてしかもほっこりとあたたかい気持ちになることができる。
小説が苦手な人はアニメを観てもいいだろう。どちらにしても森見氏特有の登場人物同士の掛け合いが非常にテンポよく気持ちがいい。オススメの作品だ。
uchoten-anime.com

ちなみに、この有頂天家族の主役であるところのたぬき家族が住んでいるのが下鴨神社の境内に広がる糺の森
京都に来たらぜひ行ってみたいと思っていた。


ちなみに下鴨神社までは徒歩で向かうことにした。
距離にして約4kmとそこそこのトレーニングである。
f:id:weekendcycler:20160101225620p:plain
電車を使っても良かったのだが、結局殆ど時間が変わらないようだったので徒歩を選択。
京都の町並みを観たいというのもあったしね。精神的・時間的な余裕がある時に知らない場所を歩くのは結構楽しい。


登ってきた坂を下っていると電柱に目に付く張り紙が…
DSC02174
「夜ごみを出’さ’ないこと」と言いたいのだろうけど、これではなんだか逆効果になっているような気が…w


下鴨神社まで半分くらいまで来たところで、ふとそこまで肩が疲れていないことに気付く。
肩パッドの違いなのか、内部構造の問題なのか、新しいカメラリュックはなかなかいい仕事をしてくれているようだ。


さらに歩いて行くと空が曇ってきた…なんてこった。
この曇りというやつは写真にとっては最大の天敵であると僕は考えている。
雨のがまだマシだと思っているまである。
何故かと言うと、被写体の色がきちんと出ないからだ。
本来、色というのは物体に光が反射し、その反射光が目に入ることによって確認される。
曇りだと光の量が足りないため、晴れている時に比べて反射する光の量も減ってしまい、鮮やかさが激減してしまう。
現像する際にある程度補正することはできるが、どうも現実味に欠ける写真になってしまう。
そもそも曇り空が入っていること自体微妙である。

もちろん、敢えて曇りを活かした写真を撮影する(極力曇り空を入れないとか、白黒にするとかその他色々)方法もあるが…
そもそもスタンダードな写真を撮りたい、それも鮮やかに撮りたいと思っていたので、気持ちはかなり萎えてきた。


そんな萎えた状態で糺の森の入り口に到着。
DSC02182
この糺の森というやつはかなり大規模で、森の奥にちょこんと下鴨神社があるような具合である。
気分が萎えていたので写真撮影を怠ってしまったが、確かにたぬきが生活しそうな雰囲気だ。


しばらく歩くと下鴨神社の顔こと重要文化財の楼門が見えてきた。
そしてその前に大量の観光客が。どうやらツアーの途中のようである。
先ほどの円通寺には片手で数える程しか人がいなかったので、随分雰囲気が違う。
DSC02180
なんというか、ザ・観光地になってしまっているんだなぁ…
んでもって何か行事をやっているのか、右にチラッとテントが写ってしまっている…
しかしこれ以上近づくといまいちな構図になってしまうのでこれが限界。


ひとまず中へ。有頂天家族の劇中ではたぬき家族が座って駄弁っていた社だが、脇に車停まってるな…正月に向けての準備かな?
DSC02185


なんか人も多いし、天気も良くないしもういっかな…という気分になってしまい、下鴨神社を後にする。
後で正月に実家に帰ったときにこの話を親にしたら、「えー!もったいない!あそこには○○とか××とか色々あるのに!」
と言われ、え、そんなのがあったのか…うーむ確かにちょっとあっさりしすぎたかな…と思うと同時に、
そもそも自分は写真を撮れるとか撮れないとかそういう観点でしか物を見ていなかったのかもしれないということを強く実感するのだった。


良い写真を撮るには、もちろんカメラの使い方や構図の作り方、光を読むといった技術的なことは重要だ。
しかしそれ以前に、被写体に対する知識が欠けていても良い写真は撮れないのかもしれないということ。
例えば自分の飼っている犬を写真に撮ろうと思ったら、その愛犬が一番可愛いしぐさをしている瞬間を撮ろうと思うんじゃないだろうか。
この場合知識があるとは、「どうすればその愛犬の一番可愛いしぐさを引き出せるかを知っている」ということである。
飼い主にはそれが出来る。何故なら、自分が愛犬と過ごしてきた長い時間に積み重ねた記憶からその答えを容易に引き出すことが出来るから。
その知識とカメラの技術が合わさったとき、本当に良い写真が撮れるというわけ。


少し話が飛躍するが、愛犬を下鴨神社に置き換えてみよう。
下鴨神社はアニメで少し観ただけで、訪れるのは初めてだ。
もちろん鳥居に首輪を付けて散歩させたことなんかあるはずない。
であれば尚更、知らなければいけない。もしくは観察しなければいけなかったのだ。
つまり、良い写真を撮るには興味を持ち続け探求すること、それを怠ってはいけないということ。
そんなことを今更ながら実感するのだった。


さて、話がそれてしまったが…もう14時を回ったのに昼食を取っていなかったので飯屋を探すことに…
したものの、これだ!というのがない。
さすが京都というべきか、食べログの☆が多いところはどこもお高いぜ…かと言ってファーストフードとかも見当たらない。
仕方ないので適当にコンビニで軽食を買って飢えを凌ぐ。


次に向かうのは三十三間堂
この三十三という数字は、柱間(柱と柱の間のこと)が33もあるという建築的な特徴や、観音菩薩が33種の姿に変じて衆生を救う、と説かれたことに由来している(おそらく後者が先?)らしい。
ちなみに中には驚くべきことに1000体の菩薩像があり、一人一人が33種の姿に変じるため、三十三間堂には三万三千三十三体の菩薩様がいる!ということになるらしい。すごい。

三十三間堂には徒歩と電車で向かった。
そろそろ疲れてきたので歩く距離が短いのは助かる…
f:id:weekendcycler:20160131214906p:plain


にしても1000体の像とかすごいな!広角にしろマクロにしろものすごい面白い画が撮れそう…!そう思って意気込んで拝観料を払ったのだが…
なんと中は撮影禁止。マジか…


とはいえ、鎮座する1000体の像(いくつか改修中だったけど)の迫力はすごい。
今やオートメーションな時代になってしまったが、当時よくこれだけの数の同じ木像を手で彫ったなと…しかも全て同じ形。
前述した通り写真に収めることはできなかったが、公式サイトでちょろっと観れるので確認してほしい。


そして、1000体の像を内包する建築物ということもありめちゃくちゃ横に長い(こちらは撮影OK)。
DSC02196
持ってて良かった超広角レンズ。


昔はこの非常に長い軒下(121.7m)を利用し、手前の左端から矢を射、奥の右端の標的に当てる「通し矢」という競技が行われていたそうな。
DSC02211
中には一昼夜灯りも無い中ひたすら矢を射続けるという種目もあったようで、想像してみればかなり過酷な競技。
さすがに重要文化財に傷を付けるわけにはいかないのか、現在は行われていないみたい?

ひとしきり歩いて長さを堪能した後、三十三間堂を後にした。


それにしても腹が減った。半日重い機材を背負って歩き回っているだけあって代謝がかなりよくなっている。
三十三間堂に行く前にコンビニで買って食べた肉まんとおにぎりはもうどこかに行ってしまったらしい。
そういえば大分京都駅近くまで戻ってきたな…というところで思い当たる店があった。
M1の時に学会で京都に来た時に先輩たちと行ったラーメン屋2軒、新福菜館 本店と、本家 第一旭 たかばし本店だ。
tabelog.com
tabelog.com
この二軒、ちょうど隣り合った状態で建っているから面白い。
コンビニが道路挟んで反対側にある、というのはよく見かけるけど一体どういう考えなのか…

いざ2軒のある場所に行ってみると、どちらも並んでいるが新福菜館の方が早く入れそう。
というか旅先で一人で並ぶのむなしすぎる…
ということで、新福菜館にIN。


ここラーメンの特徴は、丼になみなみと入れられた真っ黒な醤油ベースのスープ。
そのなみなみっぷりと言えば、丼からこぼれまくって店員さんが持ってくるお盆がスープ入れたスープ皿みたいになるレベル。
ちなみに、前回先輩方と来たときは2階席(調理場は1階)ということもあり、揺られに揺られて運ばれたせいか、Yさんのラーメンのみスープどころか生卵まで盆にこぼれており、唖然としたのを覚えている。
店員さんは盆に載せたまま帰っていってしまい、その後Y先輩が生卵を見ることはなかったのだった…生卵盆から返らず。


そんなことが続いてさすがに店側もまずいと思ったのか、今回運ばれてきたラーメンには二郎のマシマシを頼んだ時のような受け皿がついてきた。
これで生卵が犠牲になることも無くなったわけだ。


ところで、店のワイルドさばかり語っていて肝心のラーメンについて書くのを忘れていた。
真っ黒なスープは醤油の香ばしさがたまらない…疲れていることもありしょっぱさが身にしみる。
やはり飯はちゃんと暖かいところで温かいものを食べないといかんね。



さて、腹も膨れたところで後半戦がスタート、次は「あじき路地」だ。


あじき路地は、明治時代末期に建てられた長屋が連なる路地。
大家さんの「ものづくりなどを頑張っている若者に使って欲しい」という想いから、現在は若い職人の住居・工房として使われているそうだ。
ここには徒歩で向かう。1.8km、食後のちょうどいい運動だ。
f:id:weekendcycler:20160202215431p:plain


自分は元々歩くのは好きではないが、京都の街を歩くのは苦ではない。
それは多分旅の高揚感と、普段暮らしている街とはどこか違うこの街並みにわくわくしているからだろう。
後でそんな感じのことをブログに書こうなどと考えながら歩いていると、危うく路地の入り口を通り過ぎそうになる。

路地の入り口の立て看板にはアーティスト達の名前や店名が並ぶ。
DSC02224

長屋自体は明治時代当時の佇まいを保っていると思われるが、ところどころに配置された植物がどこかモダンな雰囲気を醸し出している。
DSC02238
DSC02244
DSC02243
DSC02246
長屋の窓から漏れる灯りからかろうじて人がいる雰囲気が感じられるものの、皆気配を消しているかのように路地はひっそりとしていた。
アーティスト達は中で黙々と作業をしているのだろうか。若き芸術家の魂が潜んでいる、そんな感じだ。
DSC02234
写真は手を繋いで歩く西洋人の父娘と、計算されたかのように無造作に配置された自転車。


あまりにひっそりとしていたので入るのを躊躇ってしまったのだが、ハンドメイド革製品やらシルバージュエリー等、見てるだけでも面白そうなものを取り扱う店がたくさんあったようだ。次来た時の楽しみにとっておこう。
ajikiroji.com


お次は「花見小路通」に向かう。
f:id:weekendcycler:20160203215015p:plain
花見小路通祇園の中心地にある南北を貫く、京都らしい風情のある石畳の通り。
といっても、石畳が整備され、電線が地中に埋められたの2001年と割と最近のことらしい。
DSC02263
年末だというのに、着物を来た観光客や地元の人で溢れている。
今回は観ることが出来なかったが、どうやら出勤する舞妓さんに会える確率が高い場所らしい。
少し脇道に逸れてみるのも良い。情緒あふれる町家や石畳の路地を堪能できる。
DSC02271
DSC02274

ここに来た目的はただ一つ、「ライカ京都店」を写真に収めるためである。
ライカ(LEICA)という名前を一度は耳にしたことある人もいるのではないだろうか。
ライカはドイツのカメラメーカーである。
自分がカメラを始めたのはここ3年くらいであるが、小さい頃からフィルムカメラ使いだった父に「ライカのカメラはとにかく高い。買えたもんじゃない。」等と言われて育ってきたので名前とそのすごさだけはなんとなく知っていた。
そして実際にカメラにハマり、程度知識がついてきた頃にライカの「ノクティルックス」という開放F値0.95というわけのわからないレンズの存在を知ることになり、ライカへの憧憬を増すこととなった。
[PY] フォトヨドバシ "RANGEFINDER" | LEICA NOCTILUX-M f0.95/50mm ASPH.
ちなみにノクティルックスは100万円なり。自分の持っているF1.4 55mmを10本買ってもお釣りが来てしまう恐ろしいレンズ…

さて、そんな魅力あふれるライカの「世界で最も美しい」と呼称されるストアが京都にあるということで、これはカメラを趣味とする人間なら行かない手はないぞ!
となった運びである。

そんなわけで期待に胸を踊らせて花見小路通のライカ京都店を目指したわけなのだが、、、


なんと当日は定休日…


なんてこった…ノリだけで旅行を決めた結果がこれだよ。
しかし、今日はまだ1日目。
年末休みの記述は無いし、今日を含めて京都にはあと三日間滞在する予定…まだまだチャンスはある。
明日リベンジすることを決意し、花見小路を後にした(写真はライカストア京都の看板)。
DSC02256


なんだか拍子抜けしてしまったが、今日はまだ楽しみが残っている。石塀小路だ。
石塀小路は、敷き詰められた石畳の両側に町家が立ち並ぶ狭い路地。
町家はどれも「一見さんお断り」な空気を漂わせているが、小路を歩いて京都らしい雰囲気を楽しむのには金はかからない。
f:id:weekendcycler:20160203222947p:plain
歩きで石塀小路に向かっていると、段々と日が暮れてきた。
DSC02284
ちなみにこれは計画通り。
カメラの師匠であるところのM氏のブログで見かけた夜の石塀小路の写真がとても綺麗で、もしここに行くなら絶対に夕暮れ時~夜にしようと決めていた。


ちょうど石塀小路の入り口に差し掛かった時には、灯籠に灯りが点っていた。
DSC02307
小路に入ってみてわかったことだが、とても雰囲気の良い路地ということもあり外国人観光客や着物を着たカップル、家族連れなどがひっきりなしに通る。
そんな色々な意味で寒い中一人カメラを設置してシャッターを切るのはなんとも虚しい…いったい自分はなにをやっているのか…しかしそれも悪く無い、そんな気がする写真が撮れた。


暮れかけの青を残した空と、路地の灯によってオレンジ色に照らし出された町家のコントラストが美しい。
DSC02314
DSC02313
DSC02316
やはりここを訪れるなら夜だろう。灯りが濡れた石畳を照らし、一層風情を感じさせる趣になる。
そういえば、今日は特に雨が降ったりはしなかったはずだ。季節を考えても、水をまいて路面の温度を下げる必要もない。
この雰囲気を作り出すために敢えて水をまいているとかそういうことなのだろうか…?

小一時間はいただろうか。シャッタースピードは長めに取るにせよ、前述の通り人通りも多いのでゴーストが写ってしまう。
満足いく写真を撮るには結構な時間がかかった。
おかげで大分身体が冷えてきた…自販機でほっとレモンを買い、石塀小路を後にした。


そして1日目の最後を締めくくるのは京都駅。
京都駅と言えば、他の駅には類を見ない、というかなんでこんなすごいの作ったん?と思わせるぐらい巨大な吹き抜け空間と大階段。
特に冬の大階段は大規模なイルミネーションが特徴的。
以前学会で京都駅に来た時は一眼どころかコンデジすらを持っていなかったためスマホで撮影したわけだが、その膨大さをスマホのカメラに納めきることは不可能だった。
自分の目で観た景色を人に伝えたいのに写真が思うように撮れないので伝わらないというよくあるアレである。
だが今回の自分には超広角ズームがあるのだ。こいつなら十二分に京都駅のすごさを伝えることが出来る。

というわけで満を持して吹き抜け空間。
DSC02330
大階段のイルミネーションも。
DSC02327
見れば見るほど何のために作ったのかわからない空間だ。全く駅には必要が無い。
スーパーマリオ64のステージかよと。
だが、東京国際フォーラムしかり、こういう膨大な空間というのにはどうしても惹かれるものがある。
声に出すことはないが、「うひょー!」と心の中で叫んでおく。


せっかく京都に来たし京都タワーも撮っておく。
DSC02333
でもなんか普通に撮ってもあまりおもしろくないな…


さて、時計を観ると既に21時…まだ夕飯を食べていない。
しかし店を探す気力もない。1日中歩き回ったのがかなり堪えている。
どうせ一人旅だしなんでもいいや…ということで、京都まで来てコンビニ夕飯。
でもコンビニ飯って英世一枚くらい使えばかなり豪勢で優雅な食事ができるんだぜ…孤独のグルメでもコンビニ回あったやん?


宿の自室でコンビニ飯を満喫した後に風呂、そしてちょっとだけ写真を編集して布団へ。
冷たい布団が心地よい…あっと言う前に眠りに落ちていった(と思う)。

part3(2日目)に続きます。

オーディンスフィア レイヴスラシル ~屋根裏図書館への招待~ に行ってきた

ついに待ちに待ったゲーム、オーディンスフィア レイヴスラシルが発売された。
atlus-vanillaware.jp

オーディンスフィアは、ひとつ前のエントリで紹介した朧村正ヴァニラウェアが開発、2007年にアトラスから発売されたロールプレイングゲーム
開発はヴァニラウェア、サウンドはベイシスケイプということで、もちろんこのゲームでも美麗で幻想的な2Dグラフィックとサウンドを堪能できる。

紡がれるのは、世界終焉の叙事詩

エリオン大陸において絶大な力を誇っていた魔法大国バレンタイン。
魔力の結晶炉「コルドロン」をその力の源とし、
栄華を極めたが、一夜にして滅び去ってしまう。

やがて主のいない「コルドロン」をめぐり国々の争いが勃発し、
その戦火は日増しに激しくなっていく。

エリオン大陸に伝わる予言の通り、
世界は終焉へと進んでいくのか。

公式サイトより


オーディンスフィア レイヴスラシル PV#01


北欧神話、歌劇ニーベルングの指輪をベースにした世界観のもと、「世界の終焉」という運命に立ち向かう5人の主人公の姿が描かれる。
オーディンスフィアの魅力は、綿密に張り巡らされた伏線や練りこまれた重厚なストーリー、そして舞台演劇を思わせる演出や詩的な台詞回し。


特にこの詩的な台詞回しに関しては、「クサいw」「ポエムw」「かゆいw」等と揶揄されることも多いのだが、
6年前、大学生にも関わらず中二病を発症していた(というか今も発症しているかもしれない)自分にとってはクリーンヒットだった。


このゲームを知ったのは、当時ハマっていたモンスターハンターの情報を集めるためにちょくちょく訪れていたブログ「ウホッ!いい赤メット!」に書かれたオーディンスフィアの感想記事を観たのがきっかけ。
お、なんだか面白そう…と思い、その後すぐに公式サイトでPVを観ただけで泣きそうになり、これはもう買うしか無いと中古版をすぐさまポチったのを今でも覚えている。
そうしていざプレイしてすさまじい熱量のカタルシスを味わい、自分は見事にこの作品の虜になってしまった。

それは単に交友関係が少なかっただけなのか、それとも若者のゲーム離れのせいなのか、当時自分の周りでこのゲームをプレイしている人は居なかったと思う。
まさに「世界の果てに一人」である。
こんなに素晴らしいゲームなのに、どうして誰もプレイしていないんだろう…プレイしている人と熱く語りたい…
そんな想いを抱きつつインターネットで検索をかけると、オーディンスフィアを愛する人達は実は沢山いるということがわかり、かなり驚いた。


それからずーっと、ネットの仲間とオーディンスフィアの新作やリメイクに期待を膨らませる日々を過ごしてきた。
そしてついにその時が来たのである。


突如、「アトラス×ヴァニラウェアが挑む“新本格HDプロジェクト”特設サイト」が出現したのだ。
サイトにポツンと存在する種と芽のイラスト。この種と芽が何を意味するのか…もしかして…?
f:id:weekendcycler:20160124231043j:plain
オーディンスフィアファン達は期待と不安が入り混じった目で来る日も来る日もそのサイトを訪れた。
やがてその芽がクリックできるようになり、あの聴き慣れた懐かしい音が耳に入った瞬間、期待と不安は確信へと変わった。

そして生放送当日…ボストンからの生中継であの美しい旋律、「オーディンスフィア メインテーマ」の出だしが聴こえた瞬間。
こう思ったのでは無いだろうか?


今まで生きてきて良かった…と。

オーディンスフィア レイヴスラシル メインテーマ from Boston

少なくとも自分は、出張先のレオパレスで最高潮の興奮に包まれていた。


かくして不朽の名作、オーディンスフィアがこの度リ・クリエイトされ、オーディンスフィア レイヴスラシルとして8年の時を経て生まれ変わった。
リマスターではなく敢えて「リ・クリエイト」なのは、ヴァニラウェア社長の神谷盛治氏曰く、「当初はただの移植の予定が大改造になってしまった」かららしい。
実際その通りで、単にグラフィックが綺麗になっただけでなく、より快適に遊べるような大幅なシステム変更がなされている。
より軽快になったアクション、スキルの導入により広がる戦闘の幅、新しいステージやモンスター、キャラクターの追加。
それでいて、前作のストーリーは据え置き、一切の改変はなし。
これは、オーディンスフィアが好きで好きでたまらなくてヴァニラウェアに入った人たちの、「オーディンスフィアという素晴らしい作品を壊したくない」という強い想いの現れであるという記事をどこかで読んだ。
オーディンスフィアがリメイクされるかも?という段階になったとき、期待はもちろんだが不安もあった。
あまりにも期待が強すぎるために、リメイクは自分たちが思い描くオーディンスフィアとは似て非なるものになってしまうのではないかと。
何かに期待しすぎた結果、落胆するのというのは、考え方としては残念というか失礼というか誠に勝手でおこがましいのだが、期待せざるをえないのがファンとしての性。
もちろん、どんな結末を迎えたとしても、「受け入れた運命」として、殉ずる他ないのだが。


ただこうして発売されたレイヴスラシルを改めて見てみると、そういった想いを抱いていたのはスタッフの方々も同じだったのかもしれない。
ファンとしてはただただ頭が下がる想いである。本当に、素晴らしい作品をありがとうございました。


さて、ソフト自体の発売日は1/14だったので、もうとっくに自分も購入&絶賛プレイ中である。
よく訓練されたヴァニラ信者なので、もちろん全てのハードで購入済みだ。
DSC02859
予約特典がただでさえ狭い部屋を圧迫してヤバい。


プレイした雑感としては、とにかくアクションが軽快で気持ちいい。
朧村正に近いテイストになっているが、朧村正のそれとは決定的に違うところもいくつかあり、
それは前作から引き継がれる「オーディンスフィアらしさ」にも通じる部分だと思う。
性懲りもなくアイテム使用無しという縛りプレイをしているので、そのうちまた感想をダラダラと書くつもりだ。


さて、ここまで書いてきてやっと本題に入ることができる。
レイヴスラシルの発売を記念し、なんと東京でオーディンスフィアの展示会が開かれることになったのだ。
www.gallerycomplex.com


しかもそれだけではなく、展示会では大量のグッズも先行発売されることになり、
今まであまりのグッズの無さに「悲しみに沈み」、「緩やかに死に逝く」状態だったオーディンスフィアファンにとっては嬉しいと同時に金足りないマンな事態となった。
豊富な予約特典に驚き、負けじとお金を注ぎ込んだいうのに、ここに来てまさかの伏兵である。
www.4gamer.net
おま…銀食器…ごまんえん…度し難い…思うにならぬ…こんな「巻き返せ」、誰が予想できただろうか…


しかし、誉むべきかな。いまのいままで人知れずこっそりと愛され続けてきたオーディンスフィアは、こうやって展示会が開催されたり沢山のグッズが発売されるぐらい大きな存在になったのだ。
「!…ああ クロイツ先生… 私の役割がようやくわかりました 今までたくさん残業して貯めてきたバレンタイン記念硬貨はこの時のためにあったのですね!!」

まるで新世界の幕開けのようだ…こんな奇跡を目の当たりにしてしまっては、行かないわけにはいかないじゃないか…この展示会に…


ファンたちのこんな声が聞こえてきそうである。


てなわけで、先週末に四ツ谷まで展示会に行って参りました(今度こそ本題)。


東京メトロ丸の内線「四谷三丁目」駅で下車し、歩くこと10分弱。
なんかものすごいいい雰囲気の建物きたー!
DSC02919
さすがのチョイスというか、これは招待されざるを得ない…


中に入って階段を登ると会場の入口が見えてきた。既に興奮が抑えられない。
入ると、全面に広がるオーディンスフィアのキャンバスアート。
DSC02904
右にはサイファーの模型も!
DSC02909
DSC02903
これ、手にとってぶんぶん振り回したい…
レイヴスラシル的には槍と魔剣なのでは?と思ったけど魔剣は作るのが難しいのかな~


そして特に目を引くのが、こちらの新旧パッケージイラストが描かれた人の背丈程もある巨大なキャンバス。
DSC02907
ああ…いいぞ…すごくいいぞこれ…
左の旧パッケージ、屋根裏部屋のソファに座って空想するアリス。
屋根裏部屋ってきっと子供にとっては自分だけの世界なんだよね。
外の広い世界とは違って、自分だけでどうにでもできる世界。想像し放題な世界。
大人になったら狭く低く感じてしまう場所でも、子供にとってはきっとすごく広く感じるんだろうな…
子供の頃に秘密基地作ったりしてたのは、自分だけの世界が欲しいからだったのかな…


そして三者三様の表情を浮かべる新パッケージ。
これが公開されたときは、これまでとのタッチの違いから「あれ、今度のパケ絵は社長ちゃうん?」とか言ってしまったわけだが、ちゃんと社長でしたごめんなさい。
それにしてもあまりに耽美すぎるオズワルドに驚いたものだ。確かにこの顔なら口からポエムが出てきてもおかしくない。


ついついこの二人はアップで撮影してしまう。ティトレルの指輪(と思われる)をはめられた手を上げ、視線を空に這わせるグウェンドリン、青い鳥。
動揺しているの?
ラグナネイヴルに指輪を届けに行く途中なのか、それとも妖精の国から帰ってきた後なのか。
DSC02899


ちなみにこのキャンバスアート、なんと購入が可能。一枚\150,000なり。
購入した猛者はいるのだろうか…部屋が広かったら是非とも飾りたいが…


更に中に進んでいくと、劇中の屋根裏部屋を再現したセットが!
DSC02911

改めてゲーム画面を見てみると、なかなかの再現度である。
f:id:weekendcycler:20160125222947j:plain
f:id:weekendcycler:20160125222930j:plain


椅子の横の古時計は1:14を指しており、これはレイヴスラシル発売日である1/14にちなんだものだそうな。さりげないこだわりが見え隠れしている。
DSC02881

本は実際に置いてあるわけではなく壁紙なのだけれど、背景をぼかすとなかなか良い雰囲気に。
DSC02885

ちなみにこの椅子、ファンとしてはアリスのごとくボフッ!っと思いっきり座りたいところではあるのだが…
DSC02879


自分にはできなかった。今回は思う存分写真を撮りたいという気持ちから一人で行ったので、なんか恥ずかしくてな…
大の男が一人でなにやってんのかっていう…
というかわざわざ遅い時間を選んだのに人結構いるし…いやそれ自体はオーディンスフィアがものすごく人気だからってことで喜ばしいんだけどな!


とりあえず、この椅子に座らなかったのはただ一つの後悔。恥ずかしがってる場合じゃなかった。い、いいんだよ!そのうちマイホームを建てたら自分で屋根裏図書館作るんだよ!
そしてそこで頭ぶつける未来まで視える。


兎の喫茶店を模したセットも。
っておい!紅茶入ってないじゃないか!俺が淹れたるわ!とか思ってたのは内緒。
DSC02893
f:id:weekendcycler:20160125224053j:plain
写真だとボケていてよくわからないが、あのメニュー是非欲しいというか家に置きたい…


フィギュアも展示されていた。中央のベルベット&コルネリウスは未発売。
DSC02877
というか、真ん中にナパームあるやんけ!
ちなみにここで写真を撮っていたら、「邪魔だったらどけましょうか?そのNとか笑」などとスタッフさんに声をかけられるものの、
むしろナパームを撮影したかったので「あ、全然だいじょうぶです!」と言ったまである。
むしろ動かしたら爆発して危ないぜ…フゥ…


ベルベットはマクロレンズで撮影。
マクロはとにかく手ブレに弱いので、ISOを1600まで上げ、F値も低めで撮影…おかげでコルネリウスがボケボケになってしまったし全体的にノイジーに…
ま、そのうちベルベットに穴が空くまで撮れる機会もあるでしょう。
DSC02917


ここに載せた以外にもかなりの量のキャンバスアートが展示されており(ちなみに撮影禁止)、中でもちっこいオズワルドとメルヴィンの微笑ましい?イラストはこれ買うぞ!と思ったんだけど購入対象外だった…幸か不幸か…


そしてグッズ!
古城夫婦キーホルダーと記念のマンドラゴラクッキーを購入!
DSC02931
これ食べるのめちゃくちゃもったいないなぁ。
キーホルダーはどこにつけるか迷いどころ…こういうのって意外と付けるとこないよね!


ところで当日会場ではマンドラゴラを探せ!という、会場に隠れた隠れミッキーならぬ隠れマンドラゴラを全て探し当てれば景品プレゼント!なイベントもやっていたわけだけど、なかなか見つかんねーんだ、これが!
みなさんはちゃんと見つけられたでしょうか?もちろん見つけてますよね、ヴァニラファンなら!
結構みなさん迷っているようで、きょろきょろしながら右往左往している印象でしたな。
複数人で行かれた方は人海戦術が使えてイージーモードだったのではないだろうか?
というか、景品で貰えるクッキーがアリスとソクラテスの二種類あった(自分はソクラテス)わけで、そこらへんもトレードできたりしたんだろうな…うらやま…
DSC02932


ちなみにコミュニケーションノートには長々と自己満足もいいところな文章を書いてしまった…お目汚し失礼と言わざるを得ない。いや本気で。


と、そんなこんなでセットを撮影したり食い入るようにキャンバスアートに魅入っているといつの間にか1時間半も経過していた…恐ろしきオーディンスフィア
原作の雰囲気を再現しようとしたセットの素晴らしさもさることながら、何よりもオーディンスフィアの展示会が開かれたということ自体が嬉しかった。


そしてこの雰囲気をいつでも味わえるようにするため、いつか是非とも自宅に自分だけの屋根裏図書館を開きたいと強く思った…そこで飲む紅茶はきっと格別だろうなぁ。


何はともあれ、オーディンスフィア レイヴスラシル発売本当におめでとうございます!

PSVITA版朧村正(DLC含む)を縛りプレイでクリアしてみた

朧村正というゲームをご存知だろうか?
ゲーム制作会社であるヴァニラウェアによって生み出され、2009年にマーベラスよりWii向けに発売された2DアクションRPGだ。
www.marv.jp

史実で名刀として有名な「村正」があるが、タイトルの通りこの朧村正も刀が深く関係している。
様々な妖刀や名刀を巡る2人の主人公が、元禄時代の将軍綱吉施政の時代の日本を舞台に、西に東に冒険を繰り広げる。
特筆すべき点は美しいグラフィックとサウンド、そして簡単なボタン操作で多彩なアクションを繰り出せる爽快さだろう。

朧村正の制作会社であるヴァニラウェアは、今やコンシューマーRPGの世界において殆ど失われてしまった(と思われる)2Dグラフィックのゲームを作り続ける会社だ。
ヴァニラウェア有限会社
かつてSFCやPSで聖剣伝説ファイナルファンタジーといったRPGの金字塔を遊びまくった世代としては、2Dグラフィックには言葉に出来ない良さを感じる。
ちょこちょこ動くディフォルメされたキャラクターの細かい動きのコミカルさ、可愛さ。そんなキャラクターたちが暮らす箱庭のようなファンタジックな世界。
2Dというのは自分たちの住んでいる世界とは程遠いにも関わらず、彼らの一挙一動に一喜一憂したのを覚えている。
それは一種の懐かしさだけではなく、少年だった自分に夢を与えてくれていた。
そんな夢を、3Dグラフィックが一般的となった今も体現し続けようとしてくれているのがヴァニラウェアなのかもしれない。


絵の知識が皆無な自分が語るのはまったくもっておこがましいことではあるのだが、
そんなヴァニラウェアの社長である神谷盛治氏やスタッフの方々が描く画は非常に美しい。
そしてその魅力はゲームの中でも変わることはなく、ヴァニラウェアが作るゲームをプレイしているとまるで絵本を読んでいるかのような錯覚を覚える(朧村正に関しては絵巻物と言った方がいいかもしれないが…)。

朧村正 プロモーションビデオ

そして何よりも飯のグラフィックである。今にも香りが漂ってきそうな美味そうな飯を、キャラクターが「うめえうめえ」「五臓六腑に染みるわい」とか言いながら食べるもんだからたまらない。

PSVita「朧村正」食事動画
間違っても深夜にヴァニラウェアのゲームをプレイしてはいけない。


そんな美しい世界にさらなる彩りを加えるのが、ベイシスケイプが作るサウンドの数々である。
ベイシスケイプと言えば、タクティクスオウガFFT、そしてFF12のメインコンポーザーで知られる崎元仁氏が社長を務めるゲームミュージック制作会社である。
崎元氏の音楽と言えば、「崎元節」と呼ばれる独特な旋律が特徴で、聴けば一発で「あ、これ崎元さんだ!」とわかるくらい。
音楽的な知識も皆無なのでこれまたおこがましいのだが、崎元さんの曲は色々なサウンドを混ぜて束ねたような曲なのだけれど、それぞれの楽器がそれぞれのよいところを前面に出していて、なおかつ一つのまとまった曲にも聴こえるという印象を受ける(もはや何を言っているかわからないが)。
そんな崎元さんを筆頭に作られた楽曲の数々はとても流麗で幻想的であり、絵本のような世界観に見事にマッチしている。
特に朧村正では、元禄が舞台ということでそれこそ音楽も「和」が感じられるものになっている。しかし単に和楽器だけ使いました~というわけでもなく、エレキなんかも導入されているのだ。
それでいて「和」の雰囲気を全く損なっていないところが作曲陣のすごさかもしれない。「和」というと落ち着いたイメージが先行するが、このゲームはアクションRPG、軽快で爽快なシーンも数多くあるわけだ。
このエレキの導入なんかが「爽快さ」にとてもよくマッチしていると思う。


…さて、話が大分脱線してしまったが、とにかくヴァニラウェアのゲームは良い!ということが伝わってくれていたら幸いである。


ところで、この記事の冒頭のリンク先やPVをご覧になった方々の中には「おいおい、WiiじゃなくてPSVITAじゃねーか!」と思われた方もいるだろう。
それもそのはず、朧村正は2013年にPSVITAに移植されたのである。ググるとこのVITA版のサイトがまずヒットする。
Wii版のサイトをヒットさせるにはちゃんと「朧村正 Wii」と入れないと出てこない。
これから買う人もVITA版を買ったほうがいいよ、ということでこちらのURLを乗っけておいた。


というのもこのVITA版、新しいストーリーを追加したDLC付きで発売されたのだ(正確には本編を先に発売、DLCは後から配信、さらにそのあとでDLCのコード付きが発売)。
自分としてはWii版を数年前にプレイしてクリア済みなので、買うことを渋っていたのだけれど(VITA代+メモリーカード代+ソフト代で諭吉が三人くらい飛ぶ)、
知り合いの「DLCめっちゃ良かったです!」みたいな声を聴いているうちにやりたいという意識が募っていき…気付いたらVITA毎購入していた。残業代こわい。


そんなこんなで手元にVITAとソフトが届いてからさぁプレイするぞ!となったときに、ふと悪魔が耳元で囁いた。
「縛りプレイやっちまいなよ!」と。
ちなみにここでいう縛りプレイとは、決してSMプレイの類ではない。

ゲームをプレイする際、本来ゲーム側からは設定されていない制限(縛り)を自ら科す事によって、より難易度の高いゲームをプレイする事。
from ニコニコ大百科 縛りプレイ

自分にとって不利な状況でプレイするというもので、ある意味SMのMとも言えるのだが…
この制限プレイの楽しさを所謂クリアしたときの達成感であろう。
苦労して、苦労して一つのことに取り組み続け、やっとそれをクリアしたときの達成感というのは筆舌に尽くしがたい。
特にあと少しでクリアできそう、つまり殺るか殺られるか瀬戸際、極限状態での命のやり取り、そういったものを感じた時にものすごい脳汁が出てくるのだ。
結局は負けてしまうこともあるのだけど、負けたあともこれがあるからゲームはやめられん!と思って結局なんどもやってしまう。
…病気かもしれない。


他にも理由はある。
VITA版発売から2年以上経っていたということもあり、ネットには沢山プレイ動画が上がっている。
実はWii版をクリアした時は最低難易度で下手くそプレイしていたので、密かにこういったプレイ動画での「魅せるプレイング」に憧れており、自分もいつかそうなりたいと思っていた。
また、知り合いが最高難易度を安々(ではないかもだけど)でクリアしているのを観て、自分のユニークスキル「負けず嫌い」が発動したというも大きい。
それに、前と同じようにプレイしてもつまらんだろうと。


ともかく、そんな経緯もありVITA朧村正は縛りプレイをすることに決めた。
その縛りプレイの内容とは…


すばり、流儀修羅 奥義および道具使用なしで全てのエンディングを見る


である。

まず流儀に関してだが、これは朧村正でいう難易度のこと。
朧村正には以下の3つの流儀が存在する。

  • 無双
  • 修羅
  • 死狂

流儀無双は最低難易度であり、自分がWii版をクリアしたときの難易度である。
次に難しいのが今回選択した流儀修羅である。無双と修羅の大きな違いは、攻撃中に「受け流し」が自動で発動しないこと。
朧村正では、攻撃ボタンを連打している限りは敵の攻撃を「受け流す」ことによって無効にできる。
例えそれが背後から来た攻撃であってもだ。所謂攻撃中にオートガードが発動するという仕組み。
つまりボタンを連打している限りは死なない…かというとそうでもない。
朧村正に登場する刀には霊力ゲージというものが存在し、これがゼロになると刀が折れる。
刀は三本まで持つことができるのだが、全て折れてしまうと敵の攻撃を受け流すこともできなくなるし、攻撃力も極端に低下してしまう。
もちろんガードも出来ない。つまり話にならない。
敵の攻撃を受け流したりガードしたりすると、刀の霊力ゲージを消費してしまうため、多用しすぎると折れて何もできなくなってしまうというわけ。
とはいえ、無双は修羅と比べるとガード時の霊力の削れ具合が1/3~1/2倍程度のため、攻撃連打で押しきれてしまうケースが多い。

他にも以下の違いがある。

修羅は無双と比べて

  • 敵の攻撃力や体力が高い
  • 敵の反応が早い(攻撃間隔が短い)=攻撃が激しい
  • 敵が仰け反りにくい(連続攻撃中に反撃されやすい)
  • 敵からの経験値が少ない=LVが上がりにくい
  • 戦闘中にメニューから回復できない

というかこんなに違いがあるなんて知らんかった…
これWikiからのコピペなんだけど、違いはてっきりオートガードの有無くらいかと…道理でキツいわけだ…


ちなみに、流儀死狂と他の2つとの違いは、「HPが1固定」であること。
つまり一撃喰らったら終了である。ハンパねぇぞ…
マリオとかも一撃喰らったら終了だが、朧村正の敵はクリボーとはわけが違う。

ただ、HP以外に関しては無双ベースなため、攻撃中はオートガードが発動してくれる。
正確には刀が折れたら試合終了というわけ。
そして死狂は一度修羅でクリアしないとプレイすることができない。

さて、難易度の説明は以上だ。
前述の通り自分は修羅を選択した。
そもそも未クリアでは死狂は選択できないということ、そしてそもそも死狂はクリア不可能(ではないが、俺には無理だ…とビビっていた)だと思ったからである。
しかし少しでも死狂に近づきたい…死狂をクリアできるための技術を身に着けたい…ということで、今回の縛りプレイの要素として、「道具使用なし」「奥義使用なし」を追加した。


まず「道具使用なし」に関して。
道具にも刀の霊力を回復するためのものや、HP回復のものがある。これらは全部使用不可。
回復アイテムが使えないので、どれだけダメージを受けても戦闘中に回復することができない。
更に、刀の霊力も回復できないので、必然的にガードを使える回数が減る。
(一応戦闘中でも使わない刀は自動で霊力が回復するし、敵を倒した時やボスに一定ダメージを与えた時にHP、霊力ともに微々たる回復ボーナスがある)

次に「奥義使用なし」に関して。
朧村正では、刀の霊力を一定量消費して奥義を繰り出すことができる。
奥義は通常攻撃よりも強力なだけではなく、発動時はなんと無敵である。
つまり、攻撃だけではなく防御にも使える攻防一体の技というわけだ。
ヤバい!と思ったらとりあえず奥義出しておけば問題ないというやつ。
奥義が使えないので、ひたすら通常攻撃で削りつつ、避けるしかない。

これとは別に、「ほうとう」使用禁止も縛りプレイの要素に加えた。
ほうとう - Wikipedia
ほうとう」とは山梨県の郷土料理である。
朧村正には料理のシステムが存在し、道中で手に入れた食材を使って料理を作り、それによって回復効果や攻撃力アップなどの効果を付与できるというもの。
中でも「ほうとう」は一度HPがゼロになった後にHP1で一度だけ復活できるというとんでもない効果を持っている。
現実の「ほうとう」にもそんな効果があったらいいのに…
とにかく、これを使うと結構楽になってしまうということでナシに。


これらの縛りにより、「敵の攻撃パターンを把握してヒットアンドアウェイする」ことが必須となった。


そんなこんなで縛りプレイを開始し、結論から言うとタイトルの通りクリアできたものの…ものすごく長かった。しんどかった。
いざクリアしてプレイ時間を見ると100時間にも及んでいた。
f:id:weekendcycler:20160124201828j:plain
f:id:weekendcycler:20160124201846j:plain
期間にすると約半年弱もかかっている。


ネタバレ含めた感想に関しては後述するつもりだが、特にボス戦がつらすぎた。
特に本編の小夜とラスボス、そしてDLC1,3,4のラスボス。
敵の体力ゲージがあと一本削れない。
あと一撃のところでやられて涙を飲む。
回復アイテムさえあれば倒せるのに…奥義さえあればこの攻撃絶対に避けられるのに…
何度も何度も考えた。


恥ずかしいことにプレイ中はかなりイライラしていたと思う。
ゲームとは本来楽しい物なのに自分は一体何をやっているのかと。
自分の実況を観続けた方にとっては申し訳ない限りである。


とはいえ、かなりの達成感があったのも事実。
それも諦めずにプレイし続けたからだと思っている。
その気持ちは、自転車でしんどい坂を登った先に絶景を観たのと同じ気持だったかもしれない。
当たり前だが、縛りプレイによって得られるトロフィーはない。そこには栄冠もなければ証明もない。
しかし、その「見えないトロフィーの先に見える景色」こそがきっと自分だけの宝物になるのだ。
だからなんだかんだ言いつつも、これからも縛りプレイを続けていくんじゃないかな…と思っている。

以降、ネタバレの感想

続きを読む